絵がうまい友だちや成績のいい兄とくらべてうらやましく思っていた主人公が、だれかの一言で自分のよさを認めていく物語文2本です。その一言がなぜ心に届いたのかを考えながら読みましょう。
朝、ろうかを通ると、また葵の絵の前に人が集まっていた。先月のコンクールで金賞をとった絵だ。夕焼けの空が水でにじんで、オレンジとむらさきがとけ合い、本物よりもきれいに見える。
「葵ちゃん、すごいね。プロみたい」
だれかの声が聞こえて、わたしは早足でその前を通りすぎた。ふり返らないようにしたのに、あの空の色は、教室に着いてもまぶたに残っていた。わたしだって、小さいころから絵をかくのは好きだった。でも、あんな空は一度もかけたことがない。
写生会の絵は、来週までにしあげなければならない。わたしは、葵と同じように空をにじませてみようと決めた。
放課後の図工室で、わたしは窓の外のけやきをかいていた。筆にたっぷり水をふくませて、空に色を落とす。でも、色はまだらに広がって、紙はしわしわにふくらんだ。もう一度やっても、同じだった。わたしは筆をバケツにつっこんで、ぐるぐるとかき回した。水がにごって、灰色になった。
窓の外の空も、いつのまにか厚い雲におおわれていた。けやきの葉が、風にあおられてざわざわと鳴っている。
「千夏、まだ残ってたの」
ドアが開いて、葵が入ってきた。わたしは画用紙を手でかくそうとしたが、まにあわなかった。
「……葵のまねしたんだけど、全然だめ」
葵はだまって絵をのぞきこみ、下のほうを指さした。けやきの根もとで、ボールを追いかける一年生を、わたしは小さくかいていた。空がうまくいかないあいだに、何となくかき足したものだ。
「ここ、すごくいい。この子、本当に走ってるみたい」
「そんなの、ついでにかいただけだよ」
「わたし、人をかくとかたまっちゃうんだ。みんな気をつけしてるみたいになるの。千夏のかく人は、いつも動いてるよね。前から、いいなあって見てたんだ」
わたしは、自分の絵をもう一度見た。空はまだらなのに、一年生たちは、今にも笑い声が聞こえてきそうだった。ボールを追う子のぼうしが、走ったいきおいでずれている。
あの葵に「いいなあ」と言われるなんて、考えたこともなかった。顔がかっと熱くなって、わたしは下を向いた。はずかしいのに、口のはしが勝手に上がってしまう。
「……もう一まい、かき直す。今度は、人をいっぱいかく」
わたしは新しい画用紙を取り出して、えんぴつをにぎった。空は、うすく一回ぬるだけにしよう。葵はとなりのいすを引いて、わたしの手もとをのぞきこんだ。
課題
「直人、また学年で一番だって。すごいじゃない」
夕ごはんのテーブルで、母が兄の成績表を広げた。父もはしを置いて、「中二でこれなら、たいしたもんだ」とのぞきこんだ。兄は「たまたまだよ」と言いながら、からあげに手をのばした。
六年生の翔太は、みそしるのおわんに顔を近づけた。ランドセルの中には、六十二点の算数のテストが、四つにたたんで入っている。兄は小学生のころ、九十点より下をとったことがなかったと、前に母が話していた。
「翔太は、テストどうだったの」
「……まだ返ってきてない」
翔太はごはんを口いっぱいにほおばって、それ以上聞かれないようにした。
その夜、翔太は机に向かっていた。兄と同じように、色ペンを三本使ってノートをまとめてみる。赤は大事なところ、青は公式、緑は先生の話。けれど、線を引くほどページはごちゃごちゃになった。兄のノートは、どのページもきれいに整理されていたのに。何回読み返しても、中身は少しも頭に入ってこない。
窓の外では、雨が細く降り続いていた。ガラスをつたうしずくが、いつまでも止まらなかった。翔太は色ペンを放り出して、机につっぷした。
「翔太、まだ起きてるか」
兄が、目覚まし時計を持って入ってきた。
「これ、急に動かなくなったんだ。直せるか」
翔太は体を起こし、引き出しを開けた。ドライバーやピンセットが、大きさの順にならんでいる。小さなドライバーを取り出して、裏のねじを外すと、電池のばねが曲がっているのが見えた。ピンセットでそっと起こして、ふたを閉める。秒針が、こちこちと動き出した。
「やっぱりすごいな。おれ、こういうの全然だめなんだよ。この前のラジオも、翔太が直してくれたよな。おまえの手、魔法みたいだ」
兄は時計を耳に当てたまま、しばらく動かなかった。翔太は手の中のドライバーを見つめた。兄にほめられたのは、いつ以来だろう。顔が熱くなって、どこを見ていいかわからない。照れくさいのに、胸を張りたくもなる。
「……ほかにも、こわれてるものがあったら持ってきてよ」
「じゃあ、今度は自転車のブレーキを見てくれよ。キーキーうるさいんだ」
兄が出ていくと、翔太は色ペンを一本だけ残して、あとは筆箱にしまった。それから、たたんだテストをランドセルから出して広げた。まちがえた問題を、自分のやり方で、一つずつ解き直しはじめた。
課題
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