喜び・誇らしさ・安心・感謝・照れ・満足・わくわくの7つの気持ちを、1本に1つずつ中心にすえた物語文です。走り出す、顔がほてる、光がさすといった行動や情景の手がかりから、気持ちを言葉で言えるようにしましょう。
ぼくの家のげんかんの上には、古いツバメの巣がある。ぼくが生まれる前から、春になると、ツバメが毎年この巣にもどってくるのだ。
ところが今年は、四月の半ばをすぎても、ツバメは来なかった。ぼくは毎朝、学校へ行く前に巣を見上げた。巣はからっぽのままで、ふちのどろが少しくずれかけていた。
「今年は、ほかの場所に決めたのかもしれないね」
母がそう言ったのは、五月の連休が終わった日の夕方だった。
「……まだ、わからないよ」
ぼくはそう答えたけれど、声はだんだん小さくなった。去年は、巣の下に新聞紙をしいて、ひなのふんを受けた。五羽のひなが黄色い口を大きく開けて、親鳥にえさをねだっていた。巣立ちの日には、五羽そろって電線にならび、ぼくの方を見下ろしていた。
学校でも、ぼくは休み時間のたびに、まどから空を見た。ツバメににた鳥が飛ぶと、つい目で追ってしまう。けれども、よく見ると、どれもスズメかカラスだった。
その夜、ぼくは去年とった写真を見返した。巣のふちに、ひながぎょうぎよくならんでいる。ぼくはがっかりして、写真をつくえの引き出しにしまった。雨の音が、いつまでも屋根を打っていた。
次の朝は、雨が上がっていた。ぼくはもう、巣を見上げないことにした。くつをはいて、げんかんの戸を開けたときだった。
頭の上で、チュピ、チュピ、と高い声がした。
ぼくは、その場で動けなくなった。そっと見上げると、巣のふちに、黒いせなかの鳥がとまっていた。白いおなかに、長くわかれたしっぽ。もう一羽が、ぼくの頭のすぐ上を、すっとかすめていった。
「お母さん、来た。ツバメが来たよ」
ぼくは家の中に向かってさけんだ。自分でもおどろくほど、声がはずんでいた。母がエプロンのまま、げんかんに出てきた。
「あら、本当。ずいぶんおそかったね。遠くから、がんばって飛んできたのね」
ツバメは、くちばしにどろをくわえて、くずれかけた巣のふちに何度もぬりつけている。古い巣を、直しているのだ。その様子を見ているうちに、体のおくから喜びがこみ上げてきた。ぼくは思わず、その場でとびはねた。
それなのに、鼻のおくがつんとした。ゆうべ、もう来ないとあきらめかけた自分が、少しはずかしかった。
「ほら、航、ちこくするよ」
母にかたをたたかれて、ぼくは走り出した。角を曲がる前にふり返ると、朝の光の中で、二羽のツバメが巣のまわりを回っていた。ぼくは学校まで、一度も止まらずに走った。
課題
図書委員になって、一か月がたった。仕事は、昼休みのカウンター当番と、おすすめの本のカードを作ることだ。
委員は、くじ引きで決まった。本当は、運動会の係になりたかった。
カードは、はがきくらいの紙に、本の題名とみじかいしょうかいを書く。わたしは二年生のころに何度も読んだ、ねこが旅をする話を選んだ。色えんぴつでねこの絵もかいて、本だなの横にはった。
けれども、二週間たっても、その本はだれにも借りられなかった。カードの前を、みんなはちらりとも見ずに通りすぎていく。当番のたびにたなを見たが、本はいつも同じ場所に、きちんと立ったままだった。
「カードなんて、だれも見てないと思います」
当番の日、わたしは返された本を箱から出しながら、司書の先生に言った。わざと、つまらなそうな声を出した。
「そうかな。見ている人は、ちゃんと見ていると思うけどな」
先生はそう言ったけれど、わたしは返事をしなかった。ほかの委員のカードは、人気のまんがやクイズの本ばかりだ。わたしのカードだけが、なんだか地味に見えた。
次の当番の日だった。カウンターに、小さな男の子が本を一さつ持ってきた。男の子は本を両手でのせて、背のびをしていた。名札を見ると、一年生だった。わたしがカードを作った、ねこの本だった。
「これ、借ります」
わたしはバーコードを読みとりながら、思わず聞いた。
「この本、どうして選んだの」
男の子は、本だなの横を指さした。
「あのねこの絵、かわいかったから。お姉ちゃん、あの絵をかいた人、知ってる」
わたしは、すぐには答えられなかった。先生が後ろから来て、わたしのかたに手を置いた。
「このお姉さんがかいたのよ。図書委員さんなの」
「すごい。ぼく、ねこ大すき。読んだら、またほかのも教えてね」
男の子は本を両手でかかえて、ろうかへかけ出していった。わたしは、その小さなせなかが見えなくなるまで見送った。顔がほてって、耳まで熱い。少しはずかしいのに、口のはしが勝手に上がってくる。
「ほらね」
先生が、にっこり笑った。
当番が終わるまでに、わたしは何度も本だなの横のカードをながめた。ねこの絵は、少しゆがんでいる。それでも、きのうよりずっと上手に見えた。
わたしはカウンターの下から、新しい画用紙を三枚取り出した。せすじをのばして本だなの前に立つと、まどから日がさしこんで、ならんだ本が明るく光って見えた。
課題
夏祭りの夜、美月は妹の小春と手をつないで、神社の参道を歩いていた。
道の両側には屋台がならび、ちょうちんの明かりが、ずっと先までつづいている。わたあめや焼きそばのにおいがして、小春は金魚のがらのゆかたのそでをふって、何度も立ち止まった。
「お姉ちゃん、金魚すくい、やりたい」
「あとでね。お母さんと、とりいの前で待ち合わせしてるんだから」
美月は、小春の手を引いた。母からは、ぜったいに手をはなさないように、と言われていた。
そのとき、おみこしが通るぞ、という声がして、人のなみがどっと横に流れた。おされた美月は、思わず手をはなした。ふり返ると、すぐ後ろにいたはずの小春のすがたがない。
「小春」
美月はさけんだが、声はたいこの音にかき消された。まわりは知らない人のせなかばかりで、ゆかたの色がぐるぐる回って見える。のどが、からからにかわいた。どこかで子どもの泣き声がするたびに、美月はふり向いた。けれども、それはいつも知らない子だった。
金魚すくいの屋台まで走ったが、小春はいなかった。わたあめの店にも、いない。自分が手をはなしたせいだ。母の顔が、頭にうかんだ。美月は、からっぽの手を強くにぎりしめた。
そのとき、近くのスピーカーから放送が流れた。
「まいごのお知らせです。金魚のがらのゆかたを着た、小春ちゃんという女の子を、本部のテントであずかっています。お姉さんの美月さん、本部まで来てください」
美月は、人のあいだをぬうようにして走った。本部のテントの下で、小春がパイプいすにすわり、ラムネのびんをかかえていた。目のまわりが赤い。
「お姉ちゃん」
小春がいすからとびおりて、美月のこしにしがみついてきた。その小さな体のあたたかさを感じたとたん、美月のひざから力がぬけた。はりつめていたものがゆるんで、深い安心が、足もとからじわじわと広がっていった。
「どこに行ってたの。すごく、さがしたんだからね」
言ったとたんに、声がふるえた。おこりたいのか泣きたいのか、美月は自分でもわからなかった。
「ごめんなさい。金魚を見てたら、お姉ちゃんがいなくなってたの」
美月は、小春の手をにぎり直した。今度は、指と指をしっかりからめた。テントの外では、たいこの音がいつのまにか遠くなり、ちょうちんの明かりが、さっきよりもやわらかく見えた。
「金魚すくい、お母さんに会ったら、三人でやろうか」
小春はぬれたまつげのまま、こくりとうなずいた。
課題
交差点には毎朝、黄色い旗を持ったおじいさんが立っている。登校する子どもたちを見守ってくれる、近所の人だ。
「おはよう。今日も寒いな」
翔太は、小さく頭を下げただけで、その前を通りすぎた。おじいさんは、だれにでも大きな声で話しかける。手ぶくろはどうした、ランドセルのふたが開いているぞ、と毎日のように言われる。それで翔太は、おじいさんのことが少しうっとうしかった。
ある日、夜のあいだに大雪がふった。次の朝、翔太は生き物係の当番で、いつもより一時間早く家を出た。
外はまだうす暗く、道は一面まっ白だった。道ぞいの家は、まだどこも明かりがついていない。足をふみ出すと、長ぐつがひざの近くまでしずんだ。翔太は息を止めるようにして、一歩ずつ進んだ。
ところが、角を曲がったとたん、足もとが急に軽くなった。学校の方へ向かって、人が一人通れるはばだけ、歩道の雪がまっすぐにかいてあったのだ。
その先で、だれかがスコップを動かしていた。白い息をはきながら、こしをのばしては、また雪をすくう。黄色い旗が、電柱に立てかけてあった。
「おじいさん……」
おじいさんはふり向いて、目を丸くした。
「なんだ、ずいぶん早いな。こっちはまだ半分だ。小さい子が転ぶといかんからな」
おじいさんのぼうしにも、まゆげにも、雪がうっすらとつもっていた。いったい、いつからここにいたのだろう。翔太は、今歩いてきた道をふり返った。かいたばかりの細い道が、ずっと向こうまでつづいていた。
翔太はしばらく、何も言えなかった。毎朝、頭を下げるだけで通りすぎていた自分のすがたが、目にうかんだ。はずかしくて、耳が熱くなった。
翔太はランドセルを雪の上におろした。おじいさんの足もとに、小さいほうのスコップがもう一本ころがっていた。翔太はそれを、だまって手に取った。
「ぼくも、やります」
「当番に、おくれるぞ」
「まだ、時間はあります」
二人でならんで、雪をすくっては道のはしに積んだ。手ぶくろの中で指先がじんじんしたが、翔太は手を止めなかった。おじいさんは、ときどき翔太の方を見て、うん、うん、とうなずいた。やがて、東の空がうすい黄色にそまり、かき終えた道が、朝の光の中に白くうかび上がった。
学校の門の前まで来ると、翔太はスコップを返した。そして、おじいさんに向かって、ぼうしを取って深く頭を下げた。
「ありがとうございました。……おはようございます」
おじいさんは一しゅん、きょとんとした。それから、白い歯を見せて笑った。
課題
母の日の夕方、ぼくは台所に立っていた。作るのは、オムライスだ。母には、リビングで休んでいてもらった。
この一週間、父に教わって、三回練習した。たまごは強火で一気に、と父は何度も言った。ぼくはそのたびに、ノートに書きとめた。玉ねぎを切るとなみだが出たし、ケチャップライスは毎回少しこげた。それでも、今日はうまくいく気がしていた。
フライパンにたまごを流しこむと、じゅっと音がした。ここからが、いちばんむずかしい。フライ返しでライスを包もうとしたとき、たまごのまん中が、ぴりっとやぶれた。
「あ……」
やぶれ目から、赤いライスがのぞいている。ぼくはあせって、上からケチャップをたっぷりかけた。かくそうとすればするほど、形はくずれていった。
「できたの」
「……うん。でも、失敗した」
ぼくは、やぶれ目の小さいほうを母の皿にのせた。いちばんくずれたのは、自分の皿だ。テーブルに置くと、ぼくは母の顔から目をそらした。父が、スプーンを三本ならべてくれた。
母はだまって一口食べた。もう一口。それから、スプーンを置いて、ぼくの方を向いた。
「おいしい。陸、これ、お店のよりおいしいよ。お母さん、こんなにおいしいオムライス、初めて食べた」
「おおげさだよ。やぶれてるし」
「おおげさじゃないぞ。父さんが教えたときより、ずっとうまくなってる。陸は、手つきがていねいなんだ」
父まで、横からそう言った。
ぼくは急に、顔がかっと熱くなった。耳のうしろまで、じんじんする。何か言い返そうとしたが、言葉が出てこない。ぼくは鼻の頭をこすって、まどの方を向いた。
「……ふつうだよ、こんなの」
わざとぶっきらぼうに言って、自分のオムライスをかきこんだ。ケチャップの味しか、よくわからなかった。父と母が顔を見合わせて、くすくす笑っているのがわかった。
ほめてもらえたのは、うれしかった。それなのに、二人の顔をまともに見られない。口のはしが勝手にゆるんでくるので、ぼくはそれを見られないように、皿に顔を近づけた。
「来年も、作ってくれる」
母の声に、ぼくは顔を上げないまま、小さくうなずいた。
「次は、やぶれないようにする」
ぼそっと言うと、父が、たのもしいな、と笑った。皿をあらいながら、ぼくは鼻歌を歌いそうになって、あわてて口をとじた。まどの外では、夕日がベランダの植木ばちを、赤くそめていた。
課題
土曜日の書道教室で、千尋は、もう二十枚目の半紙に向かっていた。来月のコンクールに出す作品の、清書の日だった。千尋がこの教室に通い始めて、三年になる。コンクールに出すのは、今年が初めてだった。
書くのは、大空という二文字だ。何度書いても、空の字の最後の横画が、右へ行くほどふらついてしまう。
となりの席の二年生は、とっくに書き終えて、すずりをあらいに行った。
千尋は、書きそこねた半紙をくしゃくしゃに丸めた。丸めた紙が、たたみの上に小さな山を作っている。筆を持つ手に、つい力が入った。次の一枚は、さっきよりもっとひどかった。
「もう、なんで」
千尋は、いらいらして筆を置いた。時計を見ると、教室が終わるまで、あと三十分しかない。
いつのまにか、先生が後ろに来ていた。白いかみの毛を、後ろで一つにまとめたおばあさんの先生だ。
「千尋さん、さっきから、息をしていないでしょう」
「え……」
「横画を引くとき、息を止めているの。息を止めると、筆も止まりたがるのよ。ゆっくり息をはきながら、筆の行きたい方へ行かせてごらんなさい」
千尋は、言われたとおりに大きく息をすって、ゆっくりとはいた。すみをふくませた筆を、半紙の上にそっとおろす。まわりの音が、すっと遠のいていった。
大の字を書き、空の字にうつる。最後の横画にさしかかったとき、千尋は細く息をはきながら、筆を右へ運んだ。筆先が、紙の上をすべるように進んでいく。どこまでも行けそうな気がした。
筆をはなすと、教室の中は、しんとしていた。
半紙の上で、大空の二文字が、ゆったりと手足をのばしていた。横画は、最後までまっすぐだった。はらいも、はねも、のびのびとしている。今まで書いたどの一枚とも、ちがっていた。
「ほら、書けたじゃない」
先生の声に、千尋はゆっくりとうなずいた。うまく書けたことよりも、筆と自分の手が一つになったような感じが、うれしかった。千尋は深い満足を感じながら、その一枚をいつまでもながめていた。
それなのに、ほんの少しだけ心配にもなった。この感じを、もう一度出せるだろうか。
千尋は、たたみの上の丸めた紙を、一つずつ広げてみた。どの横画も、とちゅうでふるえている。それを見ても、さっきのようないらいらは、もうわいてこなかった。
ふと顔を上げると、まどの外には、雲一つない空が広がっていた。千尋は書き上げた一枚を、先生といっしょに、そっと新聞紙の上にうつした。
課題
夏休みも、あと十日で終わりだった。友だちはみんな、海や山へ出かけている。わたしはソファにねころんで、もう三回読んだまんがを、また開いていた。たいくつで、あくびばかり出た。
その日の夕方、仕事から帰ってきた父が、げんかんで大きな声を出した。
「葵、今夜、星を見に行かないか」
「星」
わたしは、まんがを顔の上にのせたまま聞き返した。
「今夜は、流れ星がいちばん多く見える日なんだ。町の明かりがとどかない、山の上の広場まで車で行こう。一時間に、四十も五十も流れるかもしれないぞ」
次のしゅんかん、わたしはまんがを放り出して起き上がった。
「何時に出るの」
「夜の十時。帰りはおそくなるから、今のうちに少しねておきなさい」
わたしは部屋にかけこんで、リュックを引っぱり出した。上着、虫よけ、ライト、水とう。入れては出し、出してはまた入れた。本だなのおくから星の図かんも見つけ出して、いちばん上にのせた。
ベッドに横になって目をつむっても、まぶたのうらで、光の線が何本も流れていく。わたしは五分おきに、まくらもとの時計を見た。数字は、ちっとも進まなかった。
夕ご飯のあいだも、わたしは何度もまどの外を見た。空には、雲が一つも出ていなかった。十時になる前に、わたしは父より先に、車の後ろの席にすわっていた。
流れ星が見えたら何をおねがいするか、わたしは車の中で、父にずっと話しつづけた。山道をのぼるにつれて、まどの外の明かりが、一つずつ消えていった。広場に着いて車をおりると、思わず声がもれた。
「すごい……」
頭の上いっぱいに、星がこぼれそうなほど光っていた。町で見る空とは、まるでちがう。虫の声のほかには、何の音もしなかった。
わたしはシートを広げるのももどかしく、あおむけにねころんだ。草のにおいがした。父も、となりに横になった。
「いいか、一か所を見るんじゃなくて、空全体をぼんやりながめているんだ」
わたしは言われたとおりに、空を見つめた。心ぞうの音が、自分の耳にまで聞こえてくる。早く見たいのに、この待っている時間が、ずっとつづいてほしい気もした。
そのとき、空のはしからはしへ、白い光がすっと走った。
「今の、見た」
気がつくと、わたしは父のうでをつかんで、体を起こしていた。自分でもびっくりするくらい、大きな声だった。
「見た見た。ほら、まだまだ来るぞ」
わたしは、もう一度ねころんだ。次の一本を待つあいだ、くつのつま先が、勝手にぱたぱたと動いていた。
課題
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