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落ちつく・前向きな気持ちの物語 読解プリント(物語文・約1000字×6本)

ふっきれる・納得・決意・なつかしさ・受け入れる・ほっとするの6つの気持ちを、1本に1つずつ描いた物語文です。深く息をする、顔を上げる、雨が上がるといった、気持ちが落ちついていく手がかりに注目しましょう。

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書き初めの一枚

年が明けて三日目、莉子りこは書道教室の長いつくえの前で、筆をにぎっていた。書き初めの作品展に出す一枚を、今日中に仕上げなければならない。課題の字は「希望」だ。

横には、先生の書いたお手本が置いてある。莉子はそれを横目で見ながら、一画ずつなぞるように書いた。けれど、できあがった字は、どこかちぢこまって見えた。「望」の最後の横の線は、いつも少しかたむいてしまう。

莉子は書き終えた紙を丸めて、足もとのかごに入れた。かごはもう、丸めた半紙でいっぱいだった。

「まだ書くの。もう十分きれいだよ」

となりの席の大輝だいきが、自分の作品をかわかしながら言った。

「きれいなだけじゃだめなの。去年は、あと少しで金賞をのがしたんだから」

莉子は早口で言って、新しい半紙を広げた。紙をおさえる手に、知らないうちに力が入っていた。

窓の外では、朝からの雪が、音もなくふり続けていた。ストーブの上で、やかんがしゅんしゅんと鳴っている。時計の針はりは、もう十二時に近かった。

また一枚、失敗した。莉子はもう、お手本を見るのもいやになった。筆にすみをたっぷりつけて、二つの字を一気に書いた。書き終えてから、はっとした。線は太すぎるし、紙のはしからはみ出している。こんな字では、とても出せない。

紙を丸めようとしたとき、後ろから手がのびた。

「ちょっと待って」

書道の村井むらい先生が、その紙をそっと取り上げた。先生は、しばらくだまって字をながめていた。

「莉子ちゃん、今日書いた中で、これがいちばんいいよ」

「でも、お手本と全然ちがいます。線もはみ出してるし」

「お手本は、そっくりまねするためにあるんじゃないの。ほら、この字、遠くのほうまで見ているみたいでしょう」

莉子は、先生の手の中の字を見つめた。はみ出した線は、たしかに紙の外へのびていこうとしているように見えた。かごの中のどの字よりも、自分の字だという気がした。うれしいのに、少しだけくやしかった。午前中ずっとかけた時間は、何だったのだろう。

莉子は大きく息をすって、ストーブのにおいのする空気を、ゆっくりとはき出した。

お手本を、つくえのはしによせた。新しい半紙を広げ、筆にすみをふくませる。もう、横目で何かを見ることはなかった。

筆が紙にふれると、あとは手が勝手に動いた。「希」も「望」も、最後の線まで一息に書いた。かたむいていたはずの横の線が、まっすぐ右へのびていた。

「先生、これを出します」

莉子は顔を上げて言った。いつのまにか、雪はやんでいた。窓の外の白い屋根に昼の光がはね返って、目が細くなるほどまぶしかった。

課題

  1. 気持ちの変化:はじめ(  )→ きっかけ(  )→ おわり(  )
  2. きっかけになった一文を書きぬこう。

ゆっくりの山道

夏休み、ぼくは和也かずやおじさんと二人で山に登った。おじさんは山が大好きで、毎年いろいろな山に登っている。ぼくは初めての登山で、朝から体がうずうずしていた。

登山口を出てすぐ、おじさんが言った。

「蓮れん、ゆっくり歩け。おれの後ろから、はなれるなよ」

おじさんの歩き方は、おどろくほどおそかった。一歩ずつ、たしかめるように足を置く。後ろから来た大学生くらいの人たちが、ぼくたちを次々にぬいていった。

「こんなにおそいと、日がくれちゃうよ」

「いいんだ。山は、これでいい」

おじさんは、それしか言わなかった。ぼくは口をとがらせて、足もとの小石をけった。クラスでいちばん足が速いのは、ぼくだ。こんな道、走ってでも登れると思った。

休けいのあと、ぼくはがまんできなくなった。「先に行ってる」と言うと、返事も聞かずに坂をかけ上がった。

最初は気持ちがよかった。木の根をとびこえ、大きな岩も一気に登った。けれど、三十分もしないうちに、足がずしりと重くなった。息が苦しくて、心ぞうの音が耳の中でどくどくとひびいた。ぼくは道ばたの岩にすわりこんだ。あせが目に入って、しみた。

少し先では、さっきぬいていった大学生たちも、地面にすわって水を飲んでいた。みんな、かたで息をしていた。

しばらくして、下のほうから、ざっ、ざっ、という足音が聞こえてきた。おじさんだった。おじさんは登山口のときと同じ速さで、一歩ずつ登ってきた。

「水、飲め」

おじさんは水とうをさし出した。ぼくはそれを受け取りながら、顔を上げられなかった。くやしいのに、おじさんの顔を見たとたん、なぜか泣きそうになった。

「山はな、速く歩くやつより、止まらずに歩くやつが上に着くんだ。休んでばかりいると、体もかえって冷えるしな」

ぼくは、まだすわりこんでいる大学生たちを見た。それから、少しも息の切れていないおじさんの横顔を見た。ずっと「ゆっくり歩け」と言われていたわけに、ぼくはそのとき初めて納得なっとくした。

そこからは、おじさんのすぐ後ろを歩いた。おじさんが足を置いた場所に、自分の足を置く。息をすうのと足を出すのを合わせると、ふしぎと苦しくなかった。とちゅうで、休んでいる大学生たちを、ゆっくりとぬいた。

頂上ちょうじょうに着いたのは、昼すぎだった。

目の前に、いくつもの山が青くかさなって続いていた。下から強い風がふき上げてきて、あせでぬれたシャツが、みるみるかわいていった。

「おじさん、来年も来ていい」

「ああ。そのときは、蓮が前を歩け」

おじさんはそう言って、にやりと笑った。ぼくは、遠くの山のいちばん高いところを、しばらく見ていた。

課題

  1. 気持ちの変化:はじめ(  )→ きっかけ(  )→ おわり(  )
  2. きっかけになった一文を書きぬこう。

大太鼓のばち

秋祭りまで、あと三週間だった。公民館の広間には、毎晩、太鼓たいこの音がひびいていた。

「颯太そうた、今年は大太鼓おおだいこをたのみたいんだ」

おはやしの会の岡田おかださんにそう言われたのは、練習の帰りぎわだった。大太鼓をたたいていた中学生が、夏に遠くへ引っこしてしまったのだ。

大太鼓は、行列のいちばん前の車にのせてたたく。町じゅうの人が、その音を合図に歩き出す。颯太は三年生のときから、ずっと後ろのほうで小太鼓こだいこをたたいてきた。

「ぼくには無理です。まちがえたら、行列がみんな止まっちゃう」

颯太は岡田さんの顔を見ないで言った。そして、くつをはくのもそこそこに、公民館を出た。外はもう暗く、風がつめたかった。

それから一週間、颯太は練習に行かなかった。夜、家にいても、公民館のほうから太鼓の音が聞こえてくる。だれかが大太鼓の代わりをしているらしく、音はときどきずれた。颯太は、ふとんを頭までかぶった。

日曜日の夕方、颯太は母にたのまれて、町内会のお知らせを公民館へとどけに行った。広間にはだれもいなかった。すみに、大太鼓が布をかけられて置いてあった。

太鼓のわきの箱に、ばちが一組入っていた。手に取ると、思ったよりずっと重かった。にぎるところは黒ずんで、つるつるにすりへっていた。よく見ると、指の形にうすくくぼんでいる。

「それはな、五十年使ってるばちだ」

ふり向くと、岡田さんが入り口に立っていた。

「わしの前にも後にも、何人もの子がそれをにぎった。みんな最初は、こわいこわいって言ってたよ。わしだって、初めての年は前の晩ねむれなかった」

「岡田さんも、ですか」

「ああ。祭りの朝は手がふるえて、ばちを落としかけた」

岡田さんは、声を立てて笑った。颯太はもう一度、ばちを見た。くぼみに自分の指を当ててみると、ふしぎなくらいぴったりとおさまった。ずっと前の、知らないだれかの手のあとだ。こわさは消えていないのに、胸のおくが少しずつ熱くなってきた。

颯太は、大太鼓の布を外した。両足を開いて、太鼓の前に立つ。ばちを大きくふり上げて、思いきり打ち下ろした。

どん、という音が、広間の空気をふるわせた。おなかの底までひびいて、窓ガラスがかすかに鳴った。

颯太は、ばちをにぎったまま、岡田さんに向き直った。

「今夜から、練習に来ます。大太鼓で」

岡田さんは何も言わずに、大きくうなずいた。

公民館を出ると、西の空が赤くそまっていた。どこかの家から、夕飯のにおいがしてくる。手のひらには、まだばちの重さが残っていた。颯太は右手をにぎったり開いたりしながら、家までの道を走った。

課題

  1. 気持ちの変化:はじめ(  )→ きっかけ(  )→ おわり(  )
  2. きっかけになった一文を書きぬこう。

桜の木の線

春休みに、わたしは母といっしょに、三年前まで住んでいた町をたずねた。母が、昔の友だちに会う用事があったのだ。

駅をおりたとたん、わたしは立ち止まった。駅前にあったはずの本屋が、知らないコンビニに変わっていた。よく行ったパン屋も、シャッターがおりている。

「ここ、こんなに道が広かったっけ」

「新しい道ができたのよ。前の家のあたりも、ずいぶん変わったみたい」

母は楽しそうに歩いていったが、わたしの足はなかなか前に出なかった。前の家があった場所には、白い四角いマンションが建っていた。となりの空き地も、もうなかった。見上げると、空が建物に細く切りとられていた。

母が友だちの家で話しているあいだ、わたしは一人で近くの公園に行った。公園は、前と同じ場所にあった。けれど、すべり台は新しい青いものに変わっていて、わたしの知っている公園ではなかった。

わたしはブランコにすわって、地面をけった。ここに来たのは、まちがいだったのかもしれない。早く帰りたかった。

ふと、公園のすみの桜の木が目に入った。花はまだ三分ざきで、えだの先が白っぽくけむっている。わたしはブランコをおりて、その木の下まで歩いていった。

みきの後ろ側に回ったとき、わたしは息をのんだ。

木のはだに、細い横の線が何本もきざまれていた。いちばん下の線のわきに、「な 四さい」と小さく読める。

毎年、わたしの誕生日たんじょうびに、父がこの木の前にわたしを立たせて、背の高さに線を引いてくれたのだ。木にきずをつけてはだめよと、母にしかられていたのも思い出した。線は「な 八さい」でとぎれていた。引っこす前の年だ。

わたしは、いちばん上の線の前に、そっと立ってみた。線は、わたしの胸の下くらいにあった。

指でなぞると、線のでこぼこが指先に伝わってきた。父の大きな手のひらや、頭をおさえられてくすぐったかったことが、次々によみがえってきた。胸の中に、なつかしさがじわりと広がった。うれしいのに、少しだけ鼻のおくがつんとした。

「七海ななみ、ここにいたの」

公園の入り口で、母が手をふっていた。わたしは「お母さん、来て」とよんで、木のみきを指さした。

母は線を見つけると、「まだ残ってたんだ」と言って、目を細めた。

「今の背も、しるしておこうか。木にはかけないから、写真でね」

母はわたしを木の前に立たせて、スマートフォンで写真をとった。画面の中のわたしは、いちばん上の線より、頭一つ分も高かった。

帰りの電車の窓から、遠ざかる町を見た。夕日の中で、マンションの窓が一つずつオレンジ色に光っていた。今度はお父さんと来よう、とわたしは思った。

課題

  1. 気持ちの変化:はじめ(  )→ きっかけ(  )→ おわり(  )
  2. きっかけになった一文を書きぬこう。

老犬との散歩

彩花あやかの家のしば犬は、今年で十四さいになる。彩花が生まれた年に、家にやってきた犬だ。

前は、散歩のたびに彩花のほうが引っぱられた。公園までの坂道を、犬はいつもかけ足でのぼった。彩花は、ひもをにぎっていっしょに走るのが好きだった。

けれど、この冬から様子が変わった。家を出て角を曲がると、犬は立ち止まって動かなくなる。耳も、前ほどぴんと立たなくなった。

「ほら、行くよ。公園まで、あと少しだよ」

彩花はひもを引いた。犬は二、三歩歩いて、またすわりこんだ。彩花はわざと大きな声を出して、もう一度ひもを強く引いた。

その夜、夕飯のときに父が言った。

「もう年なんだよ。散歩は、家のまわりだけにしてやったらどうだ」

「まだ元気だもん。ちょっとなまけてるだけだよ」

彩花ははしを置いて、それきり父の顔を見なかった。テレビの音だけが、やけに大きく聞こえた。足もとでは、犬が丸くなってねむっていた。前よりも、ねている時間がずっと長くなった。

次の朝は、夜のうちに雨がふったらしく、道がぬれていた。彩花は犬を連れて家を出た。角のところで、犬はやはり止まった。

彩花はひもを引こうとして、手を止めた。そして、その場にしゃがみこんだ。犬と同じ高さまで、顔をおろしてみたのだ。

そこから見る道は、いつもとまるでちがっていた。水たまりに、うすい青空がうつっている。へいの下には、小さな黄色い花がさいていた。どこかの家から、パンの焼けるにおいが流れてくる。

犬は鼻をくんくんさせて、そのにおいをかいでいた。それから花に顔を近づけ、水たまりをのぞきこんだ。しっぽが、ゆっくりと左右にゆれていた。

彩花は、しばらく犬の横顔を見ていた。公園まで走っていたころ、この犬が花の前で止まったことなど、一度でもあっただろうか。胸のおくがきゅっといたむのに、ゆれるしっぽを見ていると、なぜか口もとがゆるんだ。

彩花は、にぎっていたひもをゆるめた。犬が一歩ずつ歩き出すのに合わせて、彩花もゆっくりと足を出した。犬がにおいをかぐと、彩花も止まった。

公園へ向かう坂の下まで来たとき、犬は坂を見上げて、また立ち止まった。

「今日は、ここまでにしようか」

彩花は犬の頭をなでた。毛は前よりも白くなっていたが、手のひらに伝わるあたたかさは、小さいころと同じだった。

帰り道、雲の切れ間から朝の光がさしてきた。ぬれた道がきらきらと光り、彩花と犬のかげが、ならんで家のほうへのびていた。

家の前では、父が新聞を取りに出てきていた。

「早かったな」

「うん。これからは、この子の歩く速さで行く」

課題

  1. 気持ちの変化:はじめ(  )→ きっかけ(  )→ おわり(  )
  2. きっかけになった一文を書きぬこう。

本にはさんだ手紙

土曜日の午後、陸りくは図書館のカウンターに、借りていた三さつの本を返した。それから少しだけまんがのたなをのぞいて、家に帰った。

自分の部屋に入って、つくえの上を見たとたん、陸の手が止まった。父からの手紙が、どこにもない。

父は遠くの町で一人で働いていて、月に一度、手紙を送ってくれる。今月の手紙には、父のかいた陸のにがお絵がそえてあった。陸はそれがうれしくて、読んでいる本にしおりのようにはさんでおいたのだ。

その本を、さっき返してしまった。

陸はくつをつっかけて、家をとび出した。図書館までの道を、こんなに長く感じたことはなかった。信号が赤になるたびに、その場で足ぶみをした。のどが、からからにかわいていた。

カウンターには、さっきとはちがう人がすわっていた。

「あの、さっき返した本に、手紙をはさんだままだったんです」

陸の声は、自分でも聞きとれないほどうわずっていた。

「返ってきた本は、もうたなにもどしたかもしれないわね。本の名前はわかるかしら」

陸は本の名前を言った。カウンターの人がパソコンで調べるあいだ、陸は何度も入り口の時計を見上げた。もし、だれかがもう借りていってしまっていたら、手紙はどうなるのだろう。

「その本、ついさっき、別の人が借りていったみたい」

陸は、カウンターのはしをぎゅっとにぎった。目の前が、すっと暗くなった気がした。窓の外では、いつのまにか空がくもって、風が木をざわざわとゆらしていた。

そのとき、おくの部屋から、エプロンをつけた女の人が出てきた。いつも陸に新しい本をすすめてくれる、原はらさんだった。

「陸くん。もしかして、さがしているのはこれかな」

原さんの手には、見なれた白いふうとうがあった。

「返ってきた本を調べていたら、はさまっていたの。大事なものみたいだったから、取っておいたのよ。電話しようと思っていたところ」

陸は、ふうとうを両手で受け取った。中から、父のかいたにがお絵が少しのぞいていた。どこも折れていなかった。

ほっとすると、急にひざから力がぬけた。陸はしゃがみこみそうになって、カウンターに手をついた。

お礼を言いたいのに、声がうまく出なかった。手紙がもどってきてうれしいのに、大事なものを本にはさんだまま返した自分が、なさけなくもあった。

「よかったね。今度からは、しおりを使うのよ」

原さんはそう言って、カウンターのかごから、紙のしおりを一枚くれた。四つ葉のクローバーの絵がかいてあった。

図書館を出ると、雲が切れて、西の空が明るくなっていた。陸はふうとうを胸に当てて、今度はゆっくりと家までの道を歩いた。

課題

  1. 気持ちの変化:はじめ(  )→ きっかけ(  )→ おわり(  )
  2. きっかけになった一文を書きぬこう。

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