親友の転校と祖父の死という二つの別れを描いた物語文2本です。さびしさが、時間の流れや思い出の物をきっかけに少しずつ「受け入れる」気持ちへ変わっていく、前向きとは少しちがう終わり方を読み取りましょう。
大輝が遠くの町へ転校していったのは、夏休みの終わりだった。
一年生のころから、二人は毎日のように河原でキャッチボールをした。大輝の投げる球は、いつも少しだけ高くういた。最後の日、大輝は使い古したボールを翔太にほうってよこした。白い皮に、大輝の字で「またな」と書いてあった。
それから翔太は、河原に行かなくなった。ボールはつくえの引き出しのおくに入れたまま、一度も出さなかった。教室で大輝の席を見ないように、授業中は窓の外ばかり見ていた。夜、ふとんに入ると、グローブにボールが入るときの音を思い出して、なかなかねむれなかった。
十月に入ったある日、学校から帰ると、げた箱の上に手紙が置いてあった。ふうとうの字を見て、翔太はランドセルをせおったまま、それを開けた。
「こっちでも野球チームに入った。キャッチボールの相手もできた。でも、おまえみたいにまっすぐな球を投げるやつはいない。あのボール、なくすなよ」
翔太は手紙を二回読んだ。手紙を持つ手に、少し力が入った。大輝が元気なのはうれしい。けれど、大輝の球を、今はだれかほかのやつが受けている。うれしいのか、さびしいのか、自分でもよくわからなかった。
翔太は自分の部屋に行き、引き出しを開けた。ボールは、しまったときのまま、おくのほうに転がっていた。手に取ると、思っていたより軽かった。
夕方、翔太はボールを持って、一か月ぶりに河原へ行った。
川の水は夏よりも細くなり、土手のすすきが風にゆれていた。夕日が水面を赤くそめて、遠くで鉄橋をわたる電車の音がした。
二人でいつも使っていた、コンクリートのかべの前に立つ。
翔太はボールを投げた。ボールはかべに当たって、ぽんと手元にもどってきた。もう一度投げる。また、もどってくる。少しうき上がって返ってくる大輝の球とは、まるでちがった。
「……なくすわけ、ないだろ」
翔太は小さくつぶやいた。その声は、川の音にすぐ消えた。
翔太はもう一度、ボールを投げた。今度は、大輝がいつも立っていたあたりをねらって、少し高く。ボールはかべの上のほうに当たって、翔太の頭の上をこえ、草むらに落ちた。翔太は草をかき分けて、それを拾った。
何度も投げているうちに、空の色がこくなっていった。大輝はもう、ここには来ない。そのことが、さっきよりも静かにむねの中におさまっていた。
翔太はボールの「またな」の字を親指でなぞってから、ポケットに入れた。そして、暗くなりはじめた土手の道を、ゆっくりと歩いて帰った。
課題
おじいちゃんが亡くなったのは、まだ梅雨のころだった。急に入院して、それから二週間もたたないうちのことだった。
夏休みに入ると、お母さんがカレンダーを見ながら「お盆には、おばあちゃんの家に行こうね」と言った。
「わたしは、いい。宿題があるから」
お母さんは何か言いかけて、やめた。本当は、宿題なんてほとんど終わっていた。あの家のえんがわに、おじいちゃんがいない。それを見るのがこわかった。えんがわでいっしょにスイカを食べたことも、つりに行ったことも、思い出すと苦しくなるだけだった。
その夜、わたしはアルバムを本だなのおくにしまった。えんがわでおじいちゃんとスイカを食べている写真が、はってあるアルバムだ。
十一月のはじめの日曜日、わたしはやっと、おばあちゃんの家に行った。お母さんに、柿を取ってきてとたのまれたからだ。電車の窓から見える田んぼは、もう稲かりが終わって、茶色い土が広がっていた。
門を入ると、庭の柿の木に、だいだい色の実がたくさんなっていた。えんがわには、ざぶとんが一まいだけ出ていた。
「葵ちゃん、よく来たね。今年も、こんなに実がついたのよ」
おばあちゃんは物置から、長い高ばさみを出してきた。持つところが、おじいちゃんの手のあぶらで黒く光っている。
「おじいちゃんの代わり、たのめるかな。おばあちゃんじゃ、とどかないのよ」
わたしはだまってうなずき、高ばさみを受け取った。思っていたより、ずっと重い。うでがふるえて、先がふらふらとゆれた。去年までは、おじいちゃんがうしろから支えてくれていた。
えだの根元をはさんで、手元のひもを引く。ぱちん、と音がして、柿がかごに落ちる。一つ取るたびに、おじいちゃんの「うまいぞ」という声が聞こえる気がした。なつかしくて、うれしくて、それなのにむねのおくが痛かった。
さいごに、木のいちばん上に一つだけ実が残った。
「それは鳥の分。おじいちゃん、いつもそう言ってたね」
おばあちゃんが目を細めた。その目のふちが、少しだけ赤かった。わたしは高ばさみを下ろして、その一つを見上げた。
西にかたむいた日が、残った柿を、ともしびのように赤く照らしていた。
おじいちゃんは、もういない。それでも、柿の木は今年も実をつけた。わたしは高ばさみを、おじいちゃんがいつも置いていた物置のかべに、そっと立てかけた。それから、えんがわでおばあちゃんとならんで、取ったばかりの柿を食べた。柿は、去年と同じあまい味がした。
課題
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