転校初日と初めての塾のクラスを舞台に、新しい場所で緊張している主人公の気持ちが、だれかの一言をきっかけに変わっていく物語文2本です。変わる前と後で、主人公の行動や見える景色がどうちがうかをくらべましょう。
転校一日目の朝、わたしは先生のあとについて、長いろうかを歩いた。前の学校よりも、ろうかがずっと長く感じられた。教室の前を通るたびに、中から知らない子たちの声が聞こえてくる。わたしは何度も、自己紹介で言うことを頭の中でくり返した。
「ここが、ゆいさんのクラスよ」
先生が戸を開けると、知らない顔がいっせいにこちらを向いた。わたしはスカートのすそを、ぎゅっとにぎりしめた。
「今日からこのクラスの仲間になる、ゆいさんです」
先生にうながされて、わたしは黒板の前に出た。三十いくつの目が、じっとわたしを見ている。顔が熱くなって、ひざが少しふるえた。わたしは緊張で、先生の声もよく聞こえなかった。
「……ゆいです。よろしくおねがいします」
好きな本のことも、飼っているねこのことも、話すつもりで用意してきた。けれども、声がのどのおくでつかえて、それ以上は出てこなかった。小さな拍手の中、わたしは下を向いたまま、教えられた席についた。となりの席の女の子が、ちらりとこちらを見た。
昼休みになると、みんなは校庭へ出ていった。わたしは席にすわったまま、心細くてたまらなかった。校庭からは、楽しそうな声が聞こえてくる。前の学校なら、今ごろは図書室で友だちと本の話をしている時間だ。ノートを開いて何かを書くふりをしても、えんぴつの先は同じところをなぞるばかりだった。
足音がして、となりの席のみおがもどってきた。朝、こちらを見ていた子だ。名札には、みお、と書いてある。
「ゆいちゃん、ドッジボール、一人足りないの。いっしょにやらない」
わたしは顔を上げたが、すぐには声が出なかった。
「……わたし、ボール、あんまりうまくないよ」
「だいじょうぶ。わたしだって、すぐ当てられるもん。わたしもね、三年生のとき、この学校に転校してきたの。最初の日、ずっと自分の席にいて、だれかに声をかけてほしかったんだ」
みおは、ほおを少し赤くして笑った。
胸の中で固まっていたものが、すっとほどけていった。みおも、わたしと同じ昼休みをすごしたことがあったのだ。うれしいのに、前の学校の友だちの顔が急にうかんで、目のおくが熱くなった。わたしはあわてて、まばたきをした。
「行く」
ノートを閉じて立ち上がると、窓の外で雲の切れ間から日がさして、校庭の白い線が光って見えた。わたしはみおのあとを追って、階段をかけおりた。下から、みんなの声が近づいてきた。
課題
健太が塾に通い始めて、今日で三回目だった。学校の友だちはだれもいない、知らない子ばかりのクラスだ。
教室に入ると、ほかの子たちはもう席について、問題集を開いていた。だれも健太のほうを見ない。健太は小さくせきばらいをして、自分の席にすわった。となりの大輝は、えんぴつをくるくる回しながら問題を読んでいた。まだ、ほとんど話したことはない。
授業が始まると、先生の説明はとても速かった。黒板の式を写しているうちに、もう次の問題に進んでいる。学校の授業とは、まるでちがった。まわりからは、えんぴつの走る音だけが聞こえる。健太は、自分だけが取り残されていくようで不安だった。消しゴムを持つ手に、じっとりとあせがにじんだ。
最後に、算数の小テストが返ってきた。十問のうち、正解は三問。赤いバツが、ページの半分以上をうめている。健太は答案を二つにおって、急いで机の中におしこんだ。
休み時間になった。前の席の子たちが、さっきのテストの答えを言い合っている。七番はかんたんだった、という声が聞こえた。健太は窓のほうを向いた。外はもう暗く、ガラスには教室の明かりと、うつむいた自分の顔がうつっていた。
「それ、さっきの小テスト」
大輝が、机の中からはみ出した答案のはしを指さした。
「……うん。三問しかできなかった」
健太は、大輝の顔を見ないで答えた。耳まで熱くなるのがわかった。はずかしくて、このまま帰ってしまいたかった。
大輝はかばんの底をごそごそさがして、くしゃくしゃの紙を一枚取り出した。赤いバツが、ずらりと並んでいる。
「ぼくが四月に入ったときの、最初のテスト。ほら、ゼロ点。最初はみんなそうなんだよ。ここの問題、学校とやり方がちがうから。ぼくなんか、一か月は毎回泣きそうだった。でも、わからないところを先生に聞きに行っていたら、だんだん解けるようになったんだ」
大輝はそう言って、歯を見せて笑った。
健太は思わずふき出した。ゼロ点の答案を自慢そうに見せる大輝がおかしくて、それなのに、のどのおくがきゅっとなった。できないのは、自分だけではなかったのだ。健太はほっとして、肩から、すっと力がぬけていくのがわかった。
健太は机の中から答案を引っぱり出し、しわをのばして大輝の前に広げた。
「この三番、どうやるの」
「ああ、それはね、図をかくんだよ」
大輝がいすを寄せてきて、答案のすみに小さな四角をかき始めた。健太は、その手もとをじっと見つめた。さっきまで速すぎた先生の説明が、少しずつ頭の中でつながっていった。
課題
デルバトのプリントは無料で印刷・配布できます。本文はこのプリントのために書いたオリジナルの文章です。設問は順に追加します。