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クラスの係 読解プリント(意見文・500字→800字→1200字)

全員が同じ仕事をするのか、得意なことで分けるのか。クラスの係の決め方を題材に、筆者が「違う」ほうに価値を見る理由を、具体例の段落から読み取る意見文です。

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一(500字)

クラスの係を決めるとき、どう分けるのがよいだろうか。全員が同じ仕事を同じだけやるのか。それとも、得意なことで分けるのか。どちらのクラスのほうが、うまく回るのだろうか。

ふつう、同じにそろえるほうが効率がよく、公平だと思われている。全員が同じ仕事をすれば、だれかだけが楽をすることがない。決め方も簡単で、文句も出にくい。みんな同じなのだから、不公平だと言う人はいないはずだ。公平とは、同じにすることだと、多くの人は考えている。

しかし、違いがあるから、全体が変化に耐えられる。全員が同じことしかできなければ、だれにもできないことが一つ出てきたとき、クラス全体が止まってしまう。絵の得意な人、人前で話すのが得意な人、こつこつ数えるのが得意な人。得意が違うから、一人ではできないことが、クラスとしてはできる。だれかが休んでも、別の得意をもつ人が、別のやり方で穴をうめられる。同じものばかりでは、一つの穴で全部が止まるのである。

だから、得意が違うことは、不公平ではない。違いがあるからこそ、クラスという全体が回る。そろえることより、違いを生かすことのほうが、クラスを強くするのである。

課題

  1. 筆者の主張を一文で書こう。
  2. 一般論の段落は何段落目?(  )段落目

二(800字)

クラスの係を決めるとき、どう分けるのがよいだろうか。全員が同じ仕事を同じだけやるのか。それとも、得意なことで分けるのか。どちらのクラスのほうが、うまく回るのだろうか。

ふつう、同じにそろえるほうが効率がよく、公平だと思われている。全員が同じ仕事をすれば、だれかだけが楽をすることがない。決め方も簡単で、文句も出にくい。みんな同じなのだから、不公平だと言う人はいないはずだ。公平とは、同じにすることだと、多くの人は考えている。

しかし、違いがあるから、全体が変化に耐えられる。全員が同じことしかできなければ、だれにもできないことが一つ出てきたとき、クラス全体が止まってしまう。絵の得意な人、人前で話すのが得意な人、こつこつ数えるのが得意な人。得意が違うから、一人ではできないことが、クラスとしてはできる。だれかが休んでも、別の得意をもつ人が、別のやり方で穴をうめられる。同じものばかりでは、一つの穴で全部が止まるのである。

学芸会で、クラスの劇を準備する。劇をするには、台本を書く人、大道具を作る人、音楽を流す人、全体の進み方を決める人が必要だ。絵の得意な人が背景を描き、文章の得意な人が台本を直し、声の大きい人が司会をする。一人で全部をやろうとすれば、どれも中とはんぱになる。しかし、得意の違う人が集まれば、一人ではとてもできない大きな劇が、クラスとして形になる。しかも、本番の直前に司会の人が休んでも、台本を直した人は劇の中身をよく知っているから、代わりに話すことができる。得意が重なっていないからこそ、全体が回り、穴があいても、別のやり方でふさげるのである。

こう考えると、得意が違うことは、不公平ではない。違いがあるからこそ、クラスという全体が回る。そろえることより、違いを生かすことのほうが、クラスを強くするのである。同じにそろえたクラスは、一つのつまずきで全員がつまずく。得意の違うクラスは、だれかがつまずいても、別のだれかが立っている。

課題

  1. 筆者の主張を一文で書こう。
  2. 一般論の段落は何段落目?(  )段落目

三(1200字)

クラスの係を決めるとき、どのように分けるのがよいだろうか。全員が同じ仕事を同じ分量だけ担当するのか。それとも、得意なことに応じて分けるのか。どちらのクラスのほうが、うまく機能するのだろうか。

ふつう、同じにそろえるほうが効率がよく、公平だと思われている。全員が同じ仕事をすれば、だれかだけが楽をすることがない。決め方も単純で、不満も出にくい。みんな同じなのだから、不公平だと言う人はいないはずだ。公平とは、同じにすることだと、多くの人は考えている。

しかし、違いがあるから、全体が変化に耐えられる。全員が同じことしかできなければ、だれにもできないことが一つ生じたとき、クラス全体が停止してしまう。得意が違うから、一人ではできないことが、クラスとしては可能になる。だれかが休んでも、別の得意をもつ人が、別の方法で穴をうめられる。同じものばかりでは、一つの穴で全体が止まるのである。

たとえば、学芸会で劇をするには、台本を書く人、大道具を作る人、音楽を流す人、全体の進行を決める人が必要だ。絵の得意な人が背景を描き、文章の得意な人が台本を直し、声の大きい人が司会をする。一人で全部をやろうとすれば、どれも中途半端になる。しかし、得意の異なる人が集まれば、一人ではとてもできない大きな劇が、クラスとして形になる。しかも、本番の直前に司会の人が休んでも、台本を直した人は劇の中身を熟知しているから、代わりに話すことができる。得意が重なっていないからこそ、全体が回り、穴があいても、別の方法でふさげるのである。

あるクラスが、公平を重んじて、係を全員同じにした。黒板消しも、配りものも、掲示物づくりも、全員が同じ日数ずつ担当する。一見、これほど公平な決め方はない。ところが、掲示物づくりの当番の日に、絵の苦手な人ばかりが重なると、作業は進まず、できあがりも不ぞろいになる。だれも得意を生かせず、だれも不得意を補ってもらえない。全員が同じ役割を担うということは、全員が同じ弱点を抱えるということでもある。一つの苦手が、クラス全体の停滞につながる。均等に分けたはずの仕事が、かえって全体の動きを鈍くしてしまうのである。

このように、得意が違うことは、不公平ではない。全員を同じにそろえる決め方にも、だれも損をしないという点で一理ある。けれども、違いがあるからこそ、クラスという全体は回り、思いがけないことが起きても止まらずにすむ。同じにそろえたクラスは、一つのつまずきで全員がつまずく。得意の違うクラスは、だれかがつまずいても、別のだれかが立っている。そろえることより、違いを生かすこと。それが、クラスを強くする道なのである。

課題

  1. 筆者の主張を一文で書こう。
  2. 一般論の段落は何段落目?(  )段落目

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