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YouTubeとテレビ 読解プリント(説明文・500字→1000字→硬い語彙)

YouTubeとテレビを、好きな時間に見られる配信か決まった時間に流れる放送か、CMの入り方、だれが作るかで比べる説明文です。「一人ひとりがちがう時間に」と「多くの人が同じ時間に」という最後の対比が要約の中心になります。

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一(500字)

動画を見るとき、YouTubeを開く人もいれば、テレビをつける人もいる。どちらも画面で映像を見るものだ。

YouTubeは配信なので、動画はいつでも見られる。好きな時間に、好きなところから見ることができ、途中で止めて、あとで続きを見ることもできる。何年も前の動画も、残っていればいつでも見られる。作る人を見ると、だれでも動画を作って出すことができる。ふつうの人が一人で、スマートフォンでさつえいして編集した動画も多い。動画の数は毎日ふえ続けていて、一人ひとりがちがう動画を見ている。

一方、テレビは放送なので、番組は決まった時間に流れる。その時間にテレビの前にいないと見られず、見たい番組が重なることもある。録画すればあとで見られるが、前もって予約しておく必要がある。作る人はどうか。テレビ局で多くの人が集まって番組を作る。出る人、カメラを回す人、編集する人と、仕事が分かれていて、一つの番組に何十人もかかわる。番組の数は限られていて、同じ番組を多くの人が同じ時間に見ている。

つまり、配信と放送というしくみのちがいが、ほかのちがいのもとになっているのだ。

課題

  1. この文章を100字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を2つ書こう。

二(1000字)

動画を見るとき、YouTubeを開く人もいれば、テレビをつける人もいる。どちらも画面で映像を見るものだ。

YouTubeは配信なので、動画はいつでも見られる。好きな時間に、好きなところから見ることができ、途中で止めて、あとで続きを見ることもできる。何年も前の動画も、残っていればいつでも見られる。CMはどうか。動画の前や途中に広告が入る。数秒たつと飛ばせる広告も多く、見る人によって出てくる広告がちがう。広告のお金の一部は、その動画を作った人に支払われる。さらに、だれでも動画を作って出すことができる。ふつうの人が一人で、スマートフォンでさつえいして編集した動画も多い。動画の数は毎日ふえ続けていて、一人ひとりがちがう動画を見ている。

学校から帰って、おやつを食べながらYouTubeを開く。昨日の続きの動画を、止めたところから再生する。初めに広告が出るが、五秒たつと飛ばせる。となりで見ている弟の画面には、ちがう広告が出ている。見ている動画を作ったのは、同じ市に住む高校生だという。見終わると、次に見る動画がいくつもならんでいる。

テレビになると、事情が変わる。テレビは放送なので、番組は決まった時間に流れる。その時間にテレビの前にいないと見られず、見たい番組が重なることもある。録画すればあとで見られるが、前もって予約しておく必要がある。CMは、番組の前後や途中に、決まった長さで入る。見ている人が何人いても、同じ時間に同じCMが流れ、飛ばすことはできない。CMを出す会社がテレビ局にお金を払い、そのお金で番組が作られている。次に、作る人だ。テレビ局で多くの人が集まって番組を作る。出る人、カメラを回す人、編集する人と、仕事が分かれていて、一つの番組に何十人もかかわる。番組の数は限られていて、同じ番組を多くの人が同じ時間に見ている。

たとえば、日曜の夜には、家族でテレビのアニメを見る。七時になる前に、みんなでテレビの前にすわる。番組の途中でCMが入ると、その間に台所へお茶を取りに行く。学校の友だちも、同じ時間に同じ番組を見ていて、月曜の朝はその話でもり上がる。見のがした回は、録画していなければ見られない。

YouTubeは、一人ひとりがちがう時間にちがう動画を見る。テレビは、多くの人が同じ時間に同じ番組を見る。

課題

  1. この文章を190字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を3つ書こう。

三(1000字・硬い語彙)

動画を視聴する際、YouTubeを開く人もいれば、テレビをつける人もいる。いずれも画面で映像を見るものである。

YouTubeは配信であるため、動画はいつでも視聴できる。好きな時刻に、好きな箇所から見ることができ、途中で停止して、後に続きを見ることも可能である。数年前の動画も、残っていればいつでも視聴できる。CMに目を向けると、動画の前や途中に広告が挿入される。数秒経過すると省略できる広告も多く、視聴者によって表示される広告が異なる。広告収入の一部は、その動画の制作者に支払われる。次に、制作者である。誰でも動画を制作して公開することができる。一般の人が単独で、スマートフォンで撮影して編集した動画も多い。動画の数は日々増加し続けており、一人ひとりが異なる動画を視聴している。

たとえば、下校後に、おやつを食べながらYouTubeを開く。前日の続きの動画を、停止した箇所から再生する。冒頭に広告が表示されるが、五秒経過すると省略できる。隣で視聴している弟の画面には、異なる広告が表示されている。視聴中の動画の制作者は、同じ市に住む高校生だという。見終えると、次に視聴する動画がいくつも並んでいる。

テレビは放送であるため、番組は定められた時刻に流れる。その時刻にテレビの前にいなければ視聴できず、見たい番組が重なることもある。録画すれば後に視聴できるが、事前に予約しておく必要がある。CMはどうか。番組の前後や途中に、定められた長さで挿入される。視聴者が何人いても、同一の時刻に同一のCMが流れ、省略することはできない。CMを出す企業がテレビ局に対価を支払い、その資金で番組が制作されている。さらに、テレビ局で多数の人が集まって番組を制作する。出演者、撮影者、編集者と、役割が分担されており、一つの番組に数十人が関与する。番組の数は限られており、同一の番組を多数の人が同一の時刻に視聴している。

日曜の夜、家族でテレビのアニメを視聴する。七時になる前に、全員でテレビの前に座る。番組の途中でCMが挿入されると、その間に台所へ茶を取りに行く。学校の友人も、同一の時刻に同一の番組を視聴しており、月曜の朝はその話題で盛り上がる。見逃した回は、録画していなければ視聴できない。

視聴者が時刻を選ぶか、送り手が時刻を定めるか。配信と放送という仕組みの相違が、他の相違の根底にあるのである。

課題

  1. この文章を200字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を3つ書こう。

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