ゲーム実況を見ることと自分でプレイすることを、見る楽しさとやる楽しさ、かかる時間、うまい人から学べるかで比べます。ちがいが「自分の手を動かすかどうか」の一点から来ていることを読み取りましょう。
ゲームの楽しみ方には、ほかの人がプレイしている動画を見る楽しみ方と、自分でプレイする楽しみ方がある。前のほうをゲーム実況という。
ゲーム実況の楽しさは、うまい人のプレイを見ることと、実況する人の話を聞くことにある。実況する人がおどろいたり笑ったりするのをいっしょに楽しみ、自分では進めない場面も、見れば先を知ることができる。手を動かさないので、ほかのことをしながら見ることもできる。かかる時間を見ると、短い。うまい人がすでに進めた姿を見るので、長いゲームも、動画を何本か見れば、始まりから終わりまでの流れがわかる。見たい場面だけを、早送りで見ることもできる。
自分でプレイする場合は、自分の手で主人公を動かし、自分の力で先に進めることに楽しさがある。むずかしい場面を何度も失敗したあとで乗りこえたときのうれしさは、自分でやったからこそ感じられる。どこに行くか、何をするかも、自分で決められる。かかる時間は、長い。同じ場面で何度も失敗し、道に迷い、一本を終えるまでに何十時間もかかる。何週間もかけて、少しずつ進めることになる。
見るか、やるか。自分の手を動かすかどうかのちがいが、ほかのちがいのもとになっている。
課題
ゲームの楽しみ方には、ほかの人がプレイしている動画を見る楽しみ方と、自分でプレイする楽しみ方がある。前のほうをゲーム実況という。
ゲーム実況の楽しさは、うまい人のプレイを見ることと、実況する人の話を聞くことにある。実況する人がおどろいたり笑ったりするのをいっしょに楽しみ、自分では進めない場面も、見れば先を知ることができる。手を動かさないので、ほかのことをしながら見ることもできる。かかる時間は短い。うまい人がすでに進めた姿を見るので、長いゲームも、動画を何本か見れば、始まりから終わりまでの流れがわかる。見たい場面だけを、早送りで見ることもできる。うまい人から学ぶという点はどうか。どこでジャンプし、どの順番で敵をたおしているかを、先に知ることができる。自分でやる前に正しいやり方を見ておけば、同じ場面でむだに失敗することが減る。ただし、見て知っただけでは手が動かず、実際にやってみると、見たとおりにはできないことも多い。
たとえば、寝る前に、ふとんの中でゲーム実況を開く。自分が三日間止まっているボスを、うまい人があっさりたおしていく。実況する人が「ここで左によける」と言うのを聞いて、動き方がわかる。三十分の動画で、ゲームの話は終わりまで進んでしまう。見終わったあと、自分の手はまだ一度も動いていない。
一方、自分でプレイする楽しさは、自分の手で主人公を動かし、自分の力で先に進めることにある。むずかしい場面を何度も失敗したあとで乗りこえたときのうれしさは、自分でやったからこそ感じられる。どこに行くか、何をするかも、自分で決められる。次に、かかる時間だが、こちらは長い。同じ場面で何度も失敗し、道に迷い、一本を終えるまでに何十時間もかかる。何週間もかけて、少しずつ進めることになる。さらに、自分でプレイするときは、失敗しながら、自分で動き方やコツを見つけていく。見つけるまでに時間はかかるが、一度体で覚えたことは、次に同じ場面が来たときにも使える。
休みの日の午後、自分でプレイする。同じボスに十回負けて、十一回目にようやく、左によけるタイミングがつかめる。たおした瞬間、思わず声が出る。昨日の動画で見た動きを、やっと自分の指でできたのだ。時計を見ると、その一場面だけで二時間がたっていた。
このちがいは、自分の手を動かすかどうか、という一点から来ている。
課題
ゲームの楽しみ方には、他者がプレイしている動画を視聴する楽しみ方と、自らプレイする楽しみ方がある。前者をゲーム実況という。
ゲーム実況の楽しさは、熟練者のプレイを見ることと、実況者の話を聞くことにある。実況者が驚いたり笑ったりするのを共に楽しみ、自分では進めない場面も、視聴すれば先を知ることができる。手を動かさないため、他のことをしながら視聴することも可能である。所要時間に目を向けると、短い。熟練者がすでに進めた姿を見るため、長大なゲームも、動画を数本視聴すれば、冒頭から結末までの流れが把握できる。見たい場面のみを、早送りで見ることもできる。次に、熟練者から学ぶという点である。どこで跳び、どの順序で敵を倒しているかを、事前に知ることができる。自らプレイする前に正しい方法を見ておけば、同じ場面で無益な失敗を重ねることが減る。ただし、見て知っただけでは手が動かず、実際に試みると、見たとおりにはできないことも多い。
就寝前、寝床の中でゲーム実況を視聴する。自分が三日間足止めされているボスを、熟練者が難なく倒していく。実況者が「ここで左に回避する」と言うのを聞いて、動き方が判明する。三十分の動画で、ゲームの物語は結末まで進んでしまう。視聴を終えた後、自分の手はまだ一度も動いていない。
これに対して、自らプレイする楽しさは、自分の手で主人公を操作し、自分の力で先へ進めることにある。困難な場面で幾度も失敗した末に乗り越えた時の喜びは、自らやったからこそ感じられる。どこへ行くか、何をするかも、自分で決定できる。所要時間はどうか。こちらは長い。同じ場面で幾度も失敗し、道に迷い、一本を終えるまでに数十時間を要する。数週間をかけて、少しずつ進めることになる。さらに、自らプレイする際は、失敗を重ねながら、自分で動き方や要領を発見していく。発見までに時間はかかるが、一度体で覚えたことは、次に同じ場面に直面した際にも活用できる。
たとえば、休日の午後に自らプレイする。同じボスに十回敗れ、十一回目にようやく、左に回避するタイミングを会得する。倒した瞬間、思わず声が出る。前日の動画で見た動きを、ついに自分の指で再現できたのである。時計を見ると、その一場面だけで二時間が経過していた。
こうして、同一のゲームが、視聴する人には三十分の物語となり、自らプレイする人には数週間の体験となるのである。
課題
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