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消費と浪費 読解プリント(説明文・500字→1000字→硬い語彙)

消費と浪費を、必要を満たすか必要をこえて楽しむか、終わりがあるかどうか、満足のしかたで比べる説明文です。ふだんの「むだづかい」とはちがう、この文章での「浪費」の意味をとらえることが要約の出発点です。

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一(500字)

物を買ったり食べたりすることを、ふつうはまとめて「消費」とよぶ。しかし評論では、これを「消費」と「浪費」に分けることがある。ここでいう浪費は、むだづかいという意味ではない。

消費は、必要を満たすために物を使うことだ。ただし、受け取っているのは物そのものというより、物についた情報であることが多い。「新しい型だから」と選ぶとき、人は「新しい」という情報を受け取っている。次に、消費には終わりがない。「新しい」という情報は、次の型が出れば古くなる。だから一つ手に入れても、すぐに次が気になる。

同じことを浪費で見てみる。浪費は、必要をこえて、物そのものを受け取り楽しむことだ。おなかを満たすためではなく、料理の味や香りをゆっくり味わう。くつが足りないからではなく、そのくつのはき心地や色を楽しむ。終わりはどうか。浪費には終わりがある。物そのものを受け取るので、体の限界がある。どんなにおいしい料理も、おなかがいっぱいになれば食べられない。どこかで「もう十分だ」という満足が来て、止まる。

物についた情報を受け取るのか、物そのものを受け取るのか。このちがいが、終わりがあるかないかのちがいの根もとにある。

課題

  1. この文章を100字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を2つ書こう。

二(1000字)

物を買ったり、食べたり、使ったりすることを、ふつうはまとめて「消費」とよぶ。しかし評論では、これを「消費」と「浪費」の二つに分けて考えることがある。ここでいう浪費は、むだづかいという意味ではない。

消費は、必要を満たすために物を使うことだ。おなかがすいたから食べる、くつがやぶれたから買う、というように、足りないものをうめる。ただし、そのとき受け取っているのは、物そのものというより、物についた情報であることが多い。「新しい型だから」「人気の店だから」という理由で選ぶとき、人は物ではなく、「新しい」「人気」という情報を受け取っている。消費には終わりがない。「新しい」という情報は、次の型が出れば古くなり、「人気」も、別の店が話題になれば移っていく。情報は次々に入れかわるので、一つ手に入れても、すぐに次が気になる。満足はどうか。消費の満足は、「持っている」「知っている」ということにある。手に入れた瞬間がいちばんうれしく、そのあとは次のものがほしくなるので、満足はなかなかやって来ない。

たとえば、去年の誕生日にゲーム機を買ってもらった。手に入れた日はうれしくて、友だちにも「持っている」と話した。しかし、新しい型が出たとたんに古く感じられ、まだ遊びつくしていないのに、次の型が気になり始める。受け取っていたのが「新しい」という情報だったからである。

一方、浪費は、必要をこえて、物そのものを受け取り楽しむことだ。おなかを満たすためではなく、料理の味や香りをゆっくり味わう。くつが足りないからではなく、そのくつのはき心地や色を楽しむ。浪費には終わりがある。物そのものを受け取るので、体の限界がある。どんなにおいしい料理も、おなかがいっぱいになればそれ以上は食べられない。どこかで「もう十分だ」というところに行き着いて、止まる。さらに、浪費の満足は、「味わうこと」そのものにある。好きな本を何度も読み返すように、受け取っている時間そのものが楽しい。物を受け取った体が「十分だ」と感じるので、満足がはっきりとやって来る。

お正月、おばあさんの家の食卓に、おせち料理がならぶ。黒豆の一つぶ一つぶを、あまさをたしかめながらゆっくり食べる。流行の店でも新しい型でもないが、味わっている時間そのものが楽しい。おなかがいっぱいになれば、はしを置き、「もう十分だ」と満足して、そこで終わる。

課題

  1. この文章を200字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を3つ書こう。

三(1000字・硬い語彙)

物を購入し、食べ、使用することを、通常は一括して「消費」と呼ぶ。しかし評論においては、これを「消費」と「浪費」の二つに区分して考察することがある。ここでいう浪費は、無駄遣いという意味ではない。

消費とは、必要を満たすために物を使用することである。空腹ゆえに食べる、靴が破れたゆえに購入する、というように、不足を補う。ただし、その際に受け取っているのは、物そのものというより、物に付随した情報であることが多い。「新しい型だから」「人気の店だから」という理由で選択するとき、人は物ではなく、「新しい」「人気」という情報を受け取っている。次に、消費には終わりがない。「新しい」という情報は、次の型が出れば古くなり、「人気」も、別の店が話題になれば移行する。情報は次々に入れ替わるため、一つ入手しても、直ちに次が気になる。消費の満足は、「所有している」「知っている」ということにある。入手した瞬間が最も喜ばしく、その後は次の物が欲しくなるため、満足は容易には到来しない。

昨年の誕生日に、ゲーム機を購入してもらった。入手した日は喜ばしく、友人にも「所有している」と語った。しかし、新型が出た途端に古く感じられ、まだ遊び尽くしていないにもかかわらず、次の型が気になり始める。受け取っていたのが「新しい」という情報であったからである。

では、浪費はどうであろうか。浪費とは、必要を超えて、物そのものを受け取り享受することである。空腹を満たすためではなく、料理の味や香りをゆっくりと味わう。靴が不足しているからではなく、その靴の履き心地や色を楽しむ。浪費には終わりがある。物そのものを受け取るため、身体の限界が存在する。いかに美味な料理も、満腹になればそれ以上は食べられない。どこかで「もう十分だ」という地点に到達し、停止する。浪費の満足は、「味わうこと」そのものにある。愛読書を幾度も読み返すように、受け取っている時間そのものが喜びである。物を受け取った身体が「十分だ」と感じるため、満足が明確に到来する。

たとえば、正月には祖母の家でおせち料理を食べる。黒豆の一粒一粒を、甘さを確かめながらゆっくりと食べる。流行の店でも新型でもないが、味わっている時間そのものが喜びである。満腹になれば、はしを置き、「もう十分だ」と満足する。

物に付随した情報を受け取っているなら消費、物そのものを受け取っているなら浪費である。この相違が、その他の相違の根源にある。

課題

  1. この文章を200字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を3つ書こう。

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