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直線の時間と円環の時間 読解プリント(説明文・500字→1000字→硬い語彙)

直線の時間と円環の時間を、前へ進むかめぐってもどるか、暦と季節の行事、わたしたちがどちらの時間を生きているかで比べる説明文です。入試の評論によく出る時間のとらえ方を、身近な行事の例で読み取りましょう。

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一(500字)

時間の流れ方には、二つのとらえ方がある。一つは過去から未来へ一方向に進む直線の時間、もう一つは春夏秋冬のようにめぐり、くりかえす円環の時間だ。「円環」とは、輪のようにつながった形のことである。

直線の時間は、過去から未来へ、一方向にだけ進む。去年は二度と来ず、来年は今年とはちがう年になる。だから、前へ進むこと、つまり進歩や成長が中心になる。一年生が六年生になり、できることがふえる、という見方だ。暦はどうか。積み重なっていく。西暦は毎年数が増え、年表は左から右へのびていく。誕生日のたびに年れいが一つ増えるのも、この時間の数え方だ。

これに対して、円環の時間は、輪のようにめぐって、もとにもどる。春が来て、夏、秋、冬をへて、また春が来る。進むというより、くりかえす時間だ。田植えをして稲をかり、また田植えをする農業のくらしは、この時間の中にある。次に、暦はめぐる。お正月、七夕、お盆という年中行事は、毎年同じ時期にくりかえされる。十二支も、十二年で一まわりして、またねずみにもどる。

進むか、めぐるか。同じ一年を、どちらの形で見るかが、二つのとらえ方を分けている。

課題

  1. この文章を100字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を2つ書こう。

二(1000字)

時間の流れ方には、二つのとらえ方がある。一つは過去から未来へ一方向に進む直線の時間、もう一つは春夏秋冬のようにめぐり、くりかえす円環の時間だ。「円環」とは、輪のようにつながった形のことである。

直線の時間は、過去から未来へ、一方向にだけ進む。去年は二度と来ず、来年は今年とはちがう年になる。だから直線の時間では、前へ進むこと、つまり進歩や成長が中心になる。計画を立てて目標に向かうのも、この時間の考え方だ。次に、暦は積み重なっていく。西暦は毎年一つずつ数が増え、年表は左から右へのびていく。誕生日のたびに年れいが一つ増え、学年が一つ上がるのも、直線の時間の数え方だ。人は、学校の学年や、成長の記録の中で、この時間を生きている。一年生が六年生になり、できなかったことができるようになる、という見方がこれにあたる。

たとえば、小学校の六年間のうちに、一年生のときは読めなかった漢字が読めるようになり、泳げなかった子が二十五メートルを泳げるようになる。身長は毎年少しずつのび、学年は一つずつ上がって、もとにはもどらない。卒業式の日、六年前と同じ教室にすわることはもうない。一年前の自分にも、もうもどれない。

円環の時間では、話がちがってくる。円環の時間は、輪のようにめぐって、もとにもどる。春が来て、夏になり、秋、冬をへて、また春が来る。進むというより、くりかえす時間だ。田植えをして、稲をかり、冬をこして、また田植えをする農業のくらしは、この時間の中にある。暦はどうかといえば、めぐる。お正月、ひな祭り、七夕、お盆、大みそかという年中行事は、毎年同じ時期に同じ形でくりかえされる。十二支も、ねずみからいのししまでの十二年で一まわりして、またねずみにもどる。人は、季節や行事の中で、この時間を生きている。一日も同じで、朝が来て、夜が来て、また朝が来るくりかえしの中で生活している。

四月に始業式、秋に運動会、冬にマラソン大会、三月に修了式。同じ小学校の一年を行事でたどると、この並びは、一年生のときも六年生のときも変わらない。運動会の朝に弁当を作る家の様子も、毎年同じようにくり返される。次の四月には、また始業式がやって来る。

直線の時間は、進んでもどらない。円環の時間は、めぐってもどってくる。

課題

  1. この文章を190字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を3つ書こう。

三(1000字・硬い語彙)

時間の流れ方には、二つの捉え方が存在する。一つは過去から未来へ一方向に進行する直線の時間、もう一つは春夏秋冬のように循環し、反復する円環の時間である。「円環」とは、輪のように連なった形状のことである。

直線の時間は、過去から未来へ、一方向にのみ進行する。昨年は二度と到来せず、来年は今年とは異なる年となる。ゆえに直線の時間においては、前進すること、すなわち進歩や成長が中心となる。計画を立てて目標に向かうのも、この時間の思考である。さらに、暦は累積していく。西暦は毎年一つずつ数値が増加し、年表は左から右へ延びていく。誕生日のたびに年齢が一つ増加し、学年が一つ上がるのも、直線の時間の数え方である。人間は、学校の学年や、成長の記録の中で、この時間を生きている。一年生が六年生となり、できなかったことが可能になる、という見方がこれに該当する。

小学校の六年間のうちに、一年生のときは読めなかった漢字が読めるようになり、泳げなかった子どもが二十五メートルを泳げるようになる。身長は毎年少しずつ伸び、学年は一つずつ上がり、原点には回帰しない。卒業式の日、六年前と同じ教室に座ることはもはやない。一年前の自己にも、もはや回帰できない。

一方、円環の時間は、輪のように循環して、原点に回帰する。春が到来し、夏となり、秋、冬を経て、再び春が到来する。進行するというより、反復する時間である。田植えをし、稲を刈り、冬を越して、再び田植えをする農業の生活は、この時間の内部にある。暦は循環する。正月、ひな祭り、七夕、盆、大みそかという年中行事は、毎年同一の時期に同一の形式で反復される。十二支も、ねずみからいのししまでの十二年で一巡し、再びねずみに回帰する。人間は、季節や行事の中で、この時間を生きている。一日も同様であり、朝が来て、夜が来て、再び朝が来る反復の内部で生活している。

たとえば、同じ小学校の一年を行事によってたどると、四月に始業式があり、秋に運動会があり、冬にマラソン大会があり、三月に修了式がある。この配列は、一年生のときも六年生のときも変わらない。運動会の朝に弁当を作る家庭の様子も、毎年同様に反復される。次の四月には、再び始業式が到来する。

成長や計画を語るなら直線の時間、季節や行事を語るなら円環の時間である。同じ一年が、いずれの形でも捉えられる。

課題

  1. この文章を190字以内で要約しよう。
  2. 比べている観点を3つ書こう。

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