飛鳥・奈良時代 正誤問題プリント
飛鳥・奈良時代の知識を、4つの文から正しいもの・誤っているものを選ぶ正誤問題で確かめるプリントです(7問・解答つき)。一問一答より一段むずかしい形です。
問題と答え
1正しいものを1つ選びましょう。ア
- ア 聖徳太子(しょうとくたいし)が家柄によらず能力で役人を登用するため定めた制度は、冠位十二階である。
- イ 律令制のもとで、九州北部の守りについた兵士を、御家人という。
→ 正しくは「防人」
- ウ 律令制のもとで、都から地方の国ぐにに派遣されて政治を行った役人は、地頭である。
→ 正しくは「国司」
- エ 聖徳太子(しょうとくたいし)が役人の心構えを示すために定めたものは、冠位十二階である。
→ 正しくは「十七条の憲法」
2誤っているものを1つ選びましょう。ウ
- ア 東大寺(とうだいじ)にある、聖武天皇(しょうむてんのう)の遺品などを納めた宝物庫は、正倉院である。
- イ 遣隋使の国書「日出づる処の天子、書を日没する処の天子にいたす」にこめられた日本のねらいは、隋と対等な立場で外交を進めることである。
- ウ 奈良時代(ならじだい)につくられた、日本最古の歴史書は、風土記である。
→ 正しくは「古事記」
- エ 中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)とともに大化の改新(たいかのかいしん)を進め、のちに藤原姓を与えられた人物は、中臣鎌足である。
3正しいものを1つ選びましょう。ア
- ア 農民の苦しい生活をよんだ「貧窮問答歌(ひんきゅうもんどうか)」の作者は、山上憶良である。
- イ 律令制のもとで九州北部に置かれ、九州の統治と外交・防衛を担当した役所は、六波羅探題である。
→ 正しくは「大宰府」
- ウ 推古天皇(すいこてんのう)の摂政(せっしょう)として、天皇(てんのう)中心の国づくりを進めた人物は、蘇我馬子である。
→ 正しくは「聖徳太子」
- エ 天皇(てんのう)から農民まで幅広い人々の歌を集めた、奈良時代(ならじだい)の和歌集は、源氏物語である。
→ 正しくは「万葉集」
4誤っているものを1つ選びましょう。ウ
- ア 645年、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が蘇我氏(そがし)をたおして始めた政治改革は、大化の改新である。
- イ 何度も遭難しながら来日し、正しい仏教(ぶっきょう)の教えを伝えた唐の僧は、鑑真である。
- ウ 聖武天皇(しょうむてんのう)が国ごとに国分寺を建て、都に建てた大仏(だいぶつ)がある寺は、延暦寺である。
→ 正しくは「東大寺」
- エ 正倉院に見られる、断面が三角形の木材を組み上げて壁にした建築様式は、校倉造である。
5正しいものを1つ選びましょう。エ
- ア 仏教(ぶっきょう)の力で国を守ろうと、東大寺(とうだいじ)に大仏(だいぶつ)をつくらせた天皇(てんのう)は、桓武天皇である。
→ 正しくは「聖武天皇」
- イ 聖徳太子(しょうとくたいし)が建てた、現存する世界最古の木造建築の寺は、平等院である。
→ 正しくは「法隆寺」
- ウ 663年、日本が百済を助けて唐・新羅の連合軍に敗れた戦いは、元寇である。
→ 正しくは「白村江の戦い」
- エ 701年に完成した、日本の律令政治(りつりょうせいじ)の基本となった法律は、大宝律令である。
6誤っているものを1つ選びましょう。イ
- ア 聖徳太子(しょうとくたいし)が隋の進んだ文化を学ぶため送った使者は、遣隋使である。
- イ 743年に出された、新しく開いた土地をずっと自分のものにできると定めた法律は、公地公民である。
→ 正しくは「墾田永年私財法」
- ウ 天智天皇(てんじてんのう)の死後、あとつぎをめぐって672年に起きた争いは、壬申の乱である。
- エ 710年、唐の長安にならって奈良につくられた都は、平城京である。
7正しいものを1つ選びましょう。イ
- ア 607年、遣隋使(けんずいし)として隋にわたった人物は、阿倍仲麻呂である。
→ 正しくは「小野妹子」
- イ 720年に舎人親王(とねりしんのう)らがまとめた、国の正式な歴史書は、日本書紀である。
- ウ 戸籍にもとづき人々に口分田を与えた土地制度は、地租改正である。
→ 正しくは「班田収授法」
- エ 民間で布教し、大仏(だいぶつ)づくりに協力した僧は、空海である。
→ 正しくは「行基」
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