鎌倉時代 正誤問題プリント
鎌倉時代の知識を、4つの文から正しいもの・誤っているものを選ぶ正誤問題で確かめるプリントです(5問・解答つき)。一問一答より一段むずかしい形です。
問題と答え
1正しいものを1つ選びましょう。エ
- ア 武士が、先祖から受けついだ領地を命がけで守ったことから生まれた言葉は、御恩と奉公である。
→ 正しくは「一所懸命」
- イ 元寇(げんこう)のときの鎌倉(かまくら)幕府(ばくふ)の執権(しっけん)は、足利尊氏である。
→ 正しくは「北条時宗」
- ウ 1297年、生活に苦しむ御家人を救うため、幕府が借金を帳消しにした法令は、武家諸法度である。
→ 正しくは「永仁の徳政令」
- エ 1232年、北条泰時(ほうじょうやすとき)が定めた武士(ぶし)のための法律は、御成敗式目である。
2誤っているものを1つ選びましょう。ウ
- ア 源頼朝(みなもとのよりとも)が国ごとに置いた、軍事・警察の役職は、守護である。
- イ 東大寺南大門に置かれている、運慶・快慶らがつくった力強い木の彫刻は、金剛力士像である。
- ウ 元軍が使った、火薬をつめて爆発させる武器は、鉄砲である。
→ 正しくは「てつはう」
- エ 念仏を唱えながらおどる「踊念仏(おどりねんぶつ)」で各地に教えを広めた僧は、一遍である。
3正しいものを1つ選びましょう。イ
- ア 1221年、後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)が幕府(ばくふ)をたおそうとして失敗した戦いは、応仁の乱である。
→ 正しくは「承久の乱」
- イ 鎌倉時代から使われるようになった、草や木を焼いた灰の肥料は、草木灰である。
- ウ 1度目の元の襲来のあと、幕府が博多湾の沿岸に築かせた石の防壁は、土塁である。
→ 正しくは「防塁」
- エ 同じ田畑で、一年のうちに米と麦など2種類の作物をつくることを、輪作という。
→ 正しくは「二毛作」
4誤っているものを1つ選びましょう。イ
- ア 法然(ほうねん)が開いた、念仏を唱えれば救われると説いた宗派は、浄土宗である。
- イ 将軍(しょうぐん)と御家人(ごけにん)の間の、土地を仲立ちとした主従関係は、楽市楽座である。
→ 正しくは「御恩と奉公」
- ウ 快慶らとともに東大寺南大門の金剛力士像をつくった、鎌倉時代を代表する仏師は、運慶である。
- エ 荘園や公領ごとに置かれ、年貢の取り立てを行った役職は、地頭である。
5正しいものを1つ選びましょう。エ
- ア 承久の乱(じょうきゅうのらん)のあと、朝廷の監視と西国の武士の統率のため京都に置かれた役所は、侍所である。
→ 正しくは「六波羅探題」
- イ 1192年に征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)となり、鎌倉(かまくら)幕府(ばくふ)を開いた武士(ぶし)は、平清盛である。
→ 正しくは「源頼朝」
- ウ 源氏(げんじ)の将軍(しょうぐん)がとだえたあと、幕府(ばくふ)の実権をにぎった一族の役職は、老中である。
→ 正しくは「執権」
- エ 鎌倉時代のできごとを古い順に並べたものは、承久の乱→御成敗式目→元寇→永仁の徳政令である。
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