江戸時代 一問一答②プリント
中学受験の社会・歴史でよく出る江戸時代の知識を、20問の一問一答で確かめるプリントです。答えを書きこむ形で、解答つき。
問題と答え
- 1866年、坂本龍馬らの仲立ちで、倒幕のために手を結んだ2つの藩は?
答え
薩摩藩と長州藩薩長同盟。薩摩=鹿児島県、長州=山口県
- 吉田松陰(よしだしょういん)が長州藩の萩で教え、高杉晋作や伊藤博文らが学んだ塾は?
答え
松下村塾(しょうかそんじゅく)萩は山口県。適塾=緒方洪庵(大阪)、鳴滝塾=シーボルト(長崎)
- 松下村塾で多くの人材を育て、安政の大獄(あんせいのたいごく)で処刑された長州藩の人物は?
答え
吉田松陰(よしだしょういん)安政の大獄は大老 井伊直弼が行った
- 「日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)」「世間胸算用(せけんむねさんよう)」など、町人の生活を描いた浮世草子の作者は?
答え
井原西鶴(いはらさいかく)元禄文化。上方(大阪・京都)の町人が中心
- 1862年、薩摩藩の行列を横切ったイギリス人が武士に斬られた事件は?
答え
生麦事件(なまむぎじけん)生麦は今の横浜市。翌年の薩英戦争の原因になった
- 1863年、生麦事件の報復としてイギリス艦隊が鹿児島を砲撃した戦いは?
答え
薩英戦争(さつえいせんそう)薩摩藩は外国の強さを知り、攘夷から倒幕へ方針を変えた
- 1864年、外国船を砲撃した報復として、4か国の連合艦隊に下関の砲台を占領された藩は?
答え
長州藩(ちょうしゅうはん)薩摩藩(薩英戦争)と長州藩は、攘夷が不可能だと知って倒幕へ向かった
- 江戸幕府はおよそ何年間続いた?
答え
約260年1603年〜1867年。鎌倉幕府は約150年、室町幕府は約240年
- 江戸幕府の将軍は、初代の徳川家康から何代まで続いた?
答え
15代15代将軍は徳川慶喜(よしのぶ)。3代=家光、5代=綱吉、8代=吉宗
- 徳川家康をまつる日光東照宮を、今のような豪華な建物に建てかえた将軍は?
答え
徳川家光(とくがわいえみつ)3代将軍。祖父の家康を深く尊敬していた
- 徳川家康をまつる日光東照宮がある県は?
答え
栃木県静岡県には久能山東照宮がある(家康が最初にほうむられた場所)
- 1860年、安政の大獄(あんせいのたいごく)に反発した水戸藩などの浪士が、大老の井伊直弼(いいなおすけ)を暗殺した事件は?
答え
桜田門外の変(さくらだもんがいのへん)幕府の権威が大きくゆらいだ
- 江戸時代、年貢の納入や犯罪の防止に連帯して責任を負わせた、農民の組織は?
答え
五人組(ごにんぐみ)近所の数戸をひと組に。惣は室町時代の村の自治、座と株仲間は商工業者の組合
- 江戸時代、自分の田畑をもち、年貢を納める責任を負った農民を何という?
答え
本百姓(ほんびゃくしょう)田畑をもたない農民は水呑百姓。名主(庄屋)は村の代表
- 江戸時代、北海道や日本海側の港から、下関をまわって大阪へ物資を運んだ船は?
答え
北前船(きたまえぶね)河村瑞賢(かわむらずいけん)がひらいた西廻り航路を通った。こんぶなどを運んだ
- 江戸時代、九十九里浜(くじゅうくりはま)などでとれたいわしを干してつくった肥料は?
答え
干鰯(ほしか)綿花などの商品作物の栽培に使われ、関西へも運ばれた
- 干鰯(ほしか)や油かすのように、お金を出して買う肥料を何という?
答え
金肥(きんぴ)草木灰・刈敷・下肥は自分たちで用意する肥料
- 1637年、キリスト教徒への迫害や重い年貢に反発して、九州で起きた大きな一揆は?
答え
島原・天草一揆(しまばら・あまくさいっき)天草四郎(益田時貞)が中心。このあと幕府はポルトガル船の来航を禁止した
- 犬などの動物を大切にすることを命じた「生類憐みの令」を出した、江戸幕府の5代将軍は?
答え
徳川綱吉(とくがわつなよし)学問(朱子学)を重んじた。「犬公方(いぬくぼう)」とよばれた
- 18世紀後半、株仲間を積極的に認め、商人の力を利用して幕府の財政を立て直そうとした老中は?
答え
田沼意次(たぬまおきつぐ)わいろが広まったと批判され、天明のききんもあって失脚した。あとを受けた松平定信は寛政の改革
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